「このマンション、去年より価格が下がっているらしい」という話を聞いたとき、その「去年」がどれくらいの数の取引にもとづいているかを、気にする人は少ないはずです。取引が年間2,000件を超える街の中央値と、年間数件しかない街の中央値は、同じ「中央値」という言葉で語られていても、数字としての性質がまったく違います。

このレポートでは、国土交通省の不動産情報ライブラリ(reinfolib)が公開する実際の成約価格(XIT001)をもとに、当サイトが市区町村ごとに集計している中古マンションの年次中央値を使い、取引件数が多い街と少ない街とで、中央値の動き方がどう違うかを確かめます。当サイトは市区町村ごとの取引の厚みに応じて、価格の推移をそのまま示せる区分(記事中では「取引が十分な区分」)と、方向を断定せず相場観の目安として示す区分(「参考値の区分」)を分けています。このレポートは、その区分をなぜ分けているのかを、実際の数字で説明するものです。

比較に使うのは、当サイトで記事を公開している中古マンション464市区町村のうち、直近年(2024年)の取引件数がもっとも多い東京都江東区(取引が十分な区分)と、直近年の取引件数が30件以下でもっとも少ない愛知県犬山市(参考値の区分)の2市です。どちらも2017年から2024年までの8年分、年ごとの中央値と取引件数(n)がそろっています。推計や予測は行わず、実際にあった成約の中央値だけを扱います。

先に結論を書くと、取引件数が少ない街では、1年だけを取り出して「上がった」「下がった」と言うこと自体が、実態を正しく表さないことがあります。数件の入れ替わりだけで中央値が大きく動くためです。件数が少ないことは「悪いデータ」ではなく、「1年単位で方向を語るには向かないデータ」だということを、以下で具体的に見ていきます。

当サイトは、市区町村ごとに公開している中古マンション・中古戸建ての記事で、この件数の違いに応じて書き方を変えています。取引が十分にある街の記事では価格の推移をそのまま示し、上昇・下降の傾向を事実として書きます。一方、取引が少ない街の記事では、1年ごとの上下ではなく、相場観の目安として複数年の数字を示すにとどめ、方向を断定しません。なぜこの書き分けが必要なのかを、実際の数字を並べて確かめるのが、このレポートの目的です。

件数が多い街と少ない街、中央値の動き方を比べる

まず2つの市の、8年間の年次中央値と取引件数を並べます。

年江東区 中央値(万円)江東区 取引件数(n)犬山市 中央値(万円)犬山市 取引件数(n)
2017年3,5009991,5009
2018年3,5001,0541,7003
2019年3,4001,0382,1003
2020年3,5001,2461,35012
2021年4,9002,6161,50027
2022年5,3002,6551,60015
2023年5,6002,6521,50024
2024年6,0002,6871,55020

表を見るとまず分かるのは、件数の桁がそもそも違うという点です。江東区は年間999件〜2,687件(8年間の合計14,947件)、犬山市は年間3件〜27件(8年間の合計113件)です。江東区の1年分の取引件数は、犬山市の8年分の合計よりもまだ多い年がほとんどです。

この違いが中央値の動き方にそのまま表れます。

つまり犬山市は、8年という長い区間で見ればほぼ横ばいなのに、途中の1年ごとに区切って見ると、江東区に匹敵するくらい大きく上下しているということです。始点と終点だけを比べれば静かな街に見えても、1年単位に切り出すと騒がしく見える。この「長い目で見ると横ばいなのに、1年単位だと大きく動いて見える」という性質こそが、件数の少なさが生む問題です。次の項で、全国でこの状況がどれくらい広がっているかを確認したうえで、なぜこの動き方になるのかを見ていきます。

どれくらいの街が「参考値の区分」にあたるのか

江東区と犬山市は、あくまで両端の例です。当サイトで中古マンションの記事を公開している464市区町村のうち、価格の推移をそのまま示せる「取引が十分な区分」と、方向を断定せず相場観として示す「参考値の区分」の内訳は次のとおりです。

区分市区町村数全体に占める割合
取引が十分な区分21947.2%
参考値の区分24552.8%

件数の少なさに配慮が必要な街のほうが、割合にして52.8%と、半数を超えています。これは特殊な例外を扱っているのではなく、全国の市区町村を実際の取引件数で見ていくと、むしろ「参考値の区分」のほうが多数派だということです。大都市の一部の区・市を除けば、年間の中古マンション成約が数十件に満たない街のほうが普通にあります。件数が少ない街の数字をどう扱うかは、一部の地域だけの話ではなく、当サイトが記事化している市区町村の半数以上に関わる話です。

なぜ件数が少ないと中央値がブレるのか

理由は単純で、中央値は「実際に成約したうちの、価格順で真ん中の1件」で決まる数字だからです。

江東区のように年間2,000件を超える取引があると、真ん中の順位に来る物件は、その年のうちに何件も入れ替わります。特に高い物件や特に安い物件が数件混ざっても、全体の中でその影響は薄まり、中央値はなだらかにしか動きません。1件が全体の0.1%にも満たないからです。

犬山市のように年間の取引が3件〜27件しかないと、事情が変わります。真ん中の順位を決めるのが数件、時には3件しかないため、そのうちの1件がたまたま広い部屋だったか狭い部屋だったか、駅から近かったか遠かったかで、中央値そのものが動いてしまいます。取引が3件しかない年は、1件が全体の3分の1を占めます。年による「市場の変化」ではなく、その年にたまたま成約した物件の中身が違うだけで、中央値が上下するということです。

これは中古マンションの相場に限った話ではなく、少ない件数から全体の傾向を語ろうとするときに共通して起きることです。件数が多いほど、個々の物件の特徴(広さ・階数・築年数のばらつき)は互いに打ち消し合い、件数が少ないほど、個々の物件の特徴がそのまま結果に表れます。

中央値ではなく平均値を使えばこの問題が解決するわけでもありません。平均値は極端に高い(または安い)1件の影響を、中央値以上に強く受けます。件数が少ない街ほど、中央値であっても平均値であっても、代表値そのものが1件・2件の物件事情に左右されやすくなるという構造は変わりません。当サイトが中央値を使うのは、極端な高額・低額の取引に引っ張られにくいという中央値の性質を活かすためですが、それでも件数が数件まで減れば、その効果は限定的になります。

前年比で並べると、ブレの集中の仕方が違う

2つの市について、前年からの変化率(前年比)を7回分すべて並べます。

期間江東区 前年比(n)犬山市 前年比(n)
2017→2018年+0.0%(999→1,054件)+13.3%(9→3件)
2018→2019年-2.9%(1,054→1,038件)+23.5%(3→3件)
2019→2020年+2.9%(1,038→1,246件)-35.7%(3→12件)
2020→2021年+40.0%(1,246→2,616件)+11.1%(12→27件)
2021→2022年+8.2%(2,616→2,655件)+6.7%(27→15件)
2022→2023年+5.7%(2,655→2,652件)-6.2%(15→24件)
2023→2024年+7.1%(2,652→2,687件)+3.3%(24→20件)

江東区の唯一の例外である2020年から2021年の変動は、取引件数も1,246件から2,616件へとほぼ倍に増えたタイミングと重なっています。件数そのものが大きく増えたうえでの価格変動なので、数件の入れ替わりだけで説明できる動きとは性質が異なります。ただし、この上昇がどのような需要の変化によるものかは、今回のデータだけでは特定できません。件数と中央値が同時に大きく動いたという事実を示すにとどめます。

対して犬山市は、件数が3件のまま(2018→2019年)でも、件数が3件から12件に増えても(2019→2020年)、どちらのケースでも±10%を超える変動が起きています。件数が増えたかどうかにかかわらず、もともとの母数が小さいために、毎年のように二桁の変動が起きうるということです。ただし、件数が12件、20件、27件と一桁から二桁に増えた2020年〜2024年の前年比(+11.1%、+6.7%、-6.2%、+3.3%)は、件数が3件だった2018年〜2020年の前年比(+13.3%、+23.5%、-35.7%)に比べるとやや小さくなっており、件数が増えるほどブレが落ち着く方向自体は、犬山市の中でも見て取れます。それでも、件数が数十件に増えたあとの2020→2021年(+11.1%)を、件数が1,000件を超える江東区の平均的な前年比(±10%以内)と比べると、まだ大きい部類に入ります。件数を増やせば増やすほどブレは小さくなっていきますが、犬山市の規模ではまだ江東区のような安定には届いていません。

たとえば2018年から2019年にかけては、取引件数が3件のまま、中央値だけが1,700万円から2,100万円へ+23.5%上がっています。件数が変わっていないので、市場全体が動いたというより、成約した3件の中身が違っていたと考えるのが自然です。続く2019年から2020年には、件数が3件から12件に増えると同時に、中央値は2,100万円から1,350万円へ-35.7%下がっています。仮にこの2年間だけを見て「犬山市のマンションは1年で35.7%も値下がりした」と言えば、実態とはずれた印象を与えてしまいます。

1件の取引が持つ「重み」を数字で見る

もう一つ、件数の違いを直接比べる方法があります。「1件の取引が、その年の中央値全体の何%を占めるか」という単純な割り算です。

年江東区 n1件あたりの重み犬山市 n1件あたりの重み
2017年999約0.10%9約11.1%
2019年1,038約0.10%3約33.3%
2024年2,687約0.04%20約5.0%

江東区では、どの年も1件の取引が全体に占める重みは0.1%前後かそれ以下です。1件くらい極端な価格の物件が混ざっても、中央値の位置にはほとんど影響しません。一方の犬山市では、2019年のように取引が3件しかない年は、1件だけで全体の3分の1(約33.3%)を占めます。この年に成約した3件のうち1件が入れ替わるだけで、中央値そのものが別の物件の価格に変わってしまう計算です。

これは特別な計算方法ではなく、「n件のうち1件は1/n」という単純な割り算です。ただ、これを実際の件数に当てはめてみると、江東区と犬山市の間にある差がどれだけ大きいかが具体的に見えてきます。

仮に犬山市で年間の成約が江東区と同じ2,000件を超える規模だったとすれば、1件あたりの重みは0.05%程度まで下がり、中央値はもっとなだらかに動くはずです。逆に、江東区で仮に取引が年間3件しかない年があれば、江東区であっても犬山市と同じようにブレることになります。つまりこれは街の性質の違いではなく、件数の違いがそのまま生む現象だということです。今後の件数がどう変わるかは、このレポートの対象外です。あくまで2017年から2024年までの実際の件数をもとにした比較にとどめます。

参考値の区分の街で、相場をどう掴むか

犬山市のような「参考値の区分」の街に住んでいて、自分の家の相場を知りたい場合、このレポートから言えることは次の3点です。

  • 直近1年だけの数字を、そのまま「上がった」「下がった」の根拠にしない。件数が少ない年ほど、数件の入れ替わりの影響を強く受けます。
  • 複数年分の数字をあわせて眺める。1年ごとの上下ではなく、数年単位でどのあたりの水準にあるかを見たほうが、実態に近づきます。
  • 自分の物件に近い条件(築年数・広さ)の実際の成約事例があれば、市区町村全体の中央値より参考になる場合があります。

これらはいずれも、少ない件数から強引に結論を出さないための考え方であって、「だから今のうちに売るべき」「まだ様子を見るべき」という結論を導くものではありません。件数の多さ・少なさと、売却のタイミングが良いかどうかは別の問題です。

逆に言えば、江東区のように件数が十分にある街では、1年ごとの中央値の変化をそのまま相場の動きとして読んでも、数件の入れ替わりに引きずられる心配は小さいということでもあります。同じ「中央値が上がった」という表現でも、その裏にある件数によって、どこまで信頼して読んでよいかが変わる。これが、当サイトが件数の多い街と少ない街で記事の書き方を変えている理由です。

このデータで分からないこと

このレポートで扱っているのは、市区町村単位で集計した年次の中央値と取引件数だけです。次のことは、このデータからは分かりません。

  • 個々の物件の駅からの距離、階数、方角、リフォームの有無
  • 犬山市の各年の成約が、具体的にどんな間取り・築年数の物件だったか
  • 江東区の2021年の上昇が、どの地域・どの築年帯で主に起きたか
  • 今後、同じ街の中央値がどう動くか(このレポートは推計・予測を行いません)
  • 犬山市・江東区以外の、それぞれの区分にあたる残り462市区町村で、同じ大きさの変動が起きているかどうか(このレポートは代表例として1市ずつを取り上げたものであり、全464市区町村を1件ずつ検証したものではありません)

自分の街や自分の物件により近い数字を知りたい場合は、築年数や広さで絞り込んだ相場や、実際の成約事例を確認する方法があります。次の項で、その入り口を紹介します。

自分の街の数字を確認する

江東区・犬山市それぞれの中古マンションの詳しい価格推移は、各市区町村の記事で確認できます。

自分の街が「取引が十分な区分」か「参考値の区分」かは、市区町村ごとの記事で確認できます。区分によって、価格推移をそのまま示すか、複数年の相場観として示すかが変わります。参考値の区分の街であっても、複数年分のデータを合わせて見れば、1年だけを見るよりも実態に近い相場感がつかめます。また、築年数や広さで絞り込んだ実際の成約価格を知りたい場合は、売り時ナビの成約価格チェックから、都道府県・市区町村・築年数を選んで確認できます。

いずれの入り口でも、表示される数字には必ず件数(n)が添えられています。件数が少ない結果ほど、このレポートで見てきたようなブレの可能性があることを踏まえて数字を読んでください。

このレポートのデータについて

  • 対象期間: 2017年〜2024年(年次)
  • 出典: 国土交通省 不動産情報ライブラリ 不動産取引価格情報(XIT001)を、市区町村・種別ごとに集計
  • 対象: 当サイトで中古マンションの記事を公開している464市区町村
  • 比較例の選び方: 直近年(2024年)の取引件数が最多の市区町村(江東区)と、取引件数が0件超30件以下の中で最少の市区町村(犬山市)をそれぞれ1つ選出
  • 区分の内訳: 「取引が十分な区分」219市区町村(47.2%)、「参考値の区分」245市区町村(52.8%)、合計464市区町村
  • 本レポートは推計・予測を行わず、実際に成立した成約の中央値のみを扱います

よくある質問

なぜ取引件数が少ないと中央値がブレやすいのですか?
中央値は、その年に成約した物件のうち真ん中の1件の価格です。件数が多い街では1件が全体に占める重みはごくわずかですが、件数が少ない街では1件の重みが大きくなります。記事で見たとおり、犬山市のように年間の成約が3件しかない年は、1件だけで全体の約33.3%を占め、その1件が入れ替わるだけで中央値そのものが変わってしまいます。件数の少なさが、そのまま中央値の動きやすさに直結しています。
「参考値の区分」とはどういう意味ですか?
同じ市区町村・種別の取引件数が少なく、1年ごとの中央値の変化をそのまま相場の動きとして示すと実態とずれる可能性がある街につけている区分です。データが誤っているという意味ではなく、複数年分をあわせて見たほうが実態に近づく、という読み方の違いを示すものです。記事で扱った464市区町村のうち245市区町村(52.8%)がこの区分にあたります。
自分の街が「取引が十分な区分」と「参考値の区分」のどちらか調べる方法は?
各市区町村の中古マンション・中古戸建ての記事で確認できます。区分によって、価格推移をそのまま示すか、複数年の相場観として示すかが記事内で変わります。江東区・犬山市の記事は本文中のリンクから確認できます。
このレポートは今後の価格を予測していますか?
していません。このレポートは2017年から2024年までに実際に成立した成約の中央値と件数だけを扱っており、今後の価格がどう動くかについての推計・予測は行っていません。件数の多さ・少なさも、売却のタイミングが良いかどうかとは別の問題として扱っています。